天下の快男児

国際協力プロジェクトとしてヒトゲノム解読が進められているときに、ベンチャー企業を率いて、国際チームと激しく競合した男。ベンター。
当時は様々な話を聞いたけど、ベンターの役回りとしては、善良なポパイとオリーブが楽しくすごしていた花園を、ブルートのごとくやってきて、かき回していった邪悪な奴、といったところか。

ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝

ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝

そのベンターによる自伝である。一読して、ベンターに対するイメージは180度変わってしまう。もちろん、この本のまえがきにもあるように、自叙伝には著者に都合の悪いことは何も書かれていないのかもしれない。
しかし、ここに書かれていることは、これまでゲノム解読競争で、私たちが聞いてきた、あるいは読んできた話とはかなり異なるものだ。そして、これを読んだ人は「極悪非道」のベンターの驚くべき半生に感嘆し、そして、大のファンになるだろう。まさに、天下の快男児である。
ベンターはDNA解読に当たって自らのDNAを提供している。このことに関しても、悪趣味だの、傲慢だのいろいろいわれていたが、その理由も書いてある。また、自分のゲノムの中で見つかった対立遺伝子(望ましいものもあれば、ベンターですら、ため息が出てしまうものもある)について、説明しながら、ゲノム計画が医療の進歩にもたらす可能性についても記述してあり、読者を飽きさせない。
とにかくこれは、ここしばらく読んだ本の中でも、もっとも興味深く、強い感銘を受けたものだ。
ところで、ゲノム解読競争を終えた後、ベンターは海洋中の微生物がもつ遺伝子についてメタゲノム解析を行っている。数年前に、その論文を見たとき、どうして海なんだ?と思ったのだけれども、その理由もこの本を読むとよくわかる。ベンターにとって、海にヨットで乗り込んでゆくことは、激しい日々の中で、心からの安らぎの源になっているのだ(とはいっても、何度も危ない目に遭っているのだが)。もちろん、海の中で数多くの驚くべき遺伝子を見つけてはいるのだけれども、PlosBiologyに発表している一連の論文は、採集場所をみると、こりゃ、半分趣味の採集旅行だよな〜、セイリングしたくて、研究したでしょと思ってしまうのである。